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透け感・・・
『あっ!』・・・『あ~~~あっ! だいじょうぶぅ~~~?』
教室のドアをあけたとたん、いつも優しく親切なスタッフさんは目がテンになっていました。
それもそのはず、この初心者の熱心さにはまいったぞっていうくらい、頻繁に通ってくるひとは珍しいらしい~。
さて、きょうはこのあいだとは違ったことをしてみようと、めちゃめちゃうすい生地にしようじゃないのってことで、一本どりをメインに多少でこぼこ感を入れながらの横じま模様です。
・・・ですが、あまりにも細い糸なので3メートルにも満たない織りあがり・・・したがって、明日も続行することになりました。
まあ、来週からは、すぐに投げ出さない程度にぼちぼちと、細く長くほそ~くいつまでも織り機と仲睦まじくおつきあいしたいと思ってます。
明日に持ち越すつもりなかったので、写真を撮る時間もなくやっていましたが・・・明日につづきます。
画像はあしたのお楽しみ^^
自由研究☆
『・・・どうやったら、あーなるのかな?』『んっ?こうなるんだぁ~?』『あっ! こんどこうしてみよう~!』などなど・・・きのうの出来を眺めつつ、朝な夕なに思うのです。まだ使っていない糸で織ってみたくてうずうず~なのです。
そんなわけで、もうしばらく『お気楽クラス』に通ってみることにしました。本科というか、お教室に入会するのはもうすこし考えてからです。今は自分にあったシステムを選んで、最大限に活用しなくちゃ!『お気楽クラス』というのも、先月できたばかりのシステムで、あたしはちょうどいいタイミングだったわけです。(4人目の織り娘だって^^)一日織り放題の基本の使用料は800円。それだけで織り機が借りられて一日中糸と戯れていてもいいのです。たったそれだけなの。こんな夢心地はありません!糸は使った分だけ、最後に計りにのせて計算します。1グラム12円なわけです。
縦糸が黒のみというのが、条件のひとつなのですが、それを逆手にとってとことん追求です。
とにかくやってみにゃわかりまへん^^
あたしはとっかかりが極端にスローなので、とにかく慣れるのに時間がかかります。一回2時間のチケット制ではあっというまにおわってしまいそうでこわいのです。お気楽クラスは何回でも参加できるのが嬉しいです。このシステムがより生きたものになることを願って、あたしは夢を織るのです・・・なぁ~んてね。
油絵のキャンパスが白なら、織りのキャンバスは黒という創始者のことばが意味深く、織りは平織りにはじまり平織りに終わるという考え方の中に、自由な冒険を感じます。なんとなくですが、初心者であるがゆえの大胆さを思い切りたのしみたいのです。
さてさて、雨フル今日ハ、色ツキノ雨ツブ?七色ドロップ?幸セナミダ?
いってきま~す!!!
2009年2月19日 (木)
2009年2月18日 (水)
二日目の午後に・・・。
『シャトルを飛ばす!』・・・三分の一いったところで・・・『はい!踏み込む!!』
シャトルというのは、15センチほどの糸巻き棒を乗せて横糸を滑らす道具ですが、これをリズミカルに、しかも絶妙のタイミングで片足を踏み込む。この一連の動作の感覚が、やってみてはじめてわかるというものでして・・・午後になって、やっとその感覚がわかったということで、今日のタイトルがこのようになりました。
無事織りあがったものは、明日、じゃぶじゃぶ洗濯機にもみくしゃにされて、軽く脱水機で目を回したあと、熱々のアイロンでしわ伸ばし。そのあとのんびり日向ぼっこの予定だそうです^^。
使用前使用後?どんな美人に変身するでしょうか~?
・・・つづく。
あした洗って、縮ませます。
2009年2月17日 (火)
学習☆
『・・・まずは基本の織り方で、自由に糸を選んでやってみてくださいね。』
『はいは~い!』
快調なスタートでしたが・・・
写真は2時間くらいたったところでしょうか、単調になってくるとつまらないし・・・
次の色の組み合わせは・・・?
どんなグラデーションにしようかしら?
『とにかく好きなだけ織って帰ってくださいね。』
『。。。はい。』
じゃあ、もっと長い生地にしてみようと夢中でやってきました・・・結果、肩コリコリ!
自分で感じている以上に身体も頭もくったくたになっていたようで、帰りの電車は乗り換え駅を二駅も乗り過ごして~~~~、迂回ルートで帰宅です。
いやはややってみたらたいへんな作業で、あ~楽しかったというよりも、楽しいだけでは織れませんでした。でも、あしたもう一日頑張ってきま~す。作品は明日持ち帰ります。
おやすみなさい。
体験レッスン!
今日はほぼまるいちにち、知り合いの手織り教室で、はじめての体験レッスンを受ける日です。
布を織るのではなく自分を織る・・・。
そういわれるとますます緊張してきます。
ずらりと並んだ何百色の中から自由に色を選び出し、黒の縦糸に通していきます・・・
さて・・・どんなイメージで? なんメートル先まで織れるかな?
いってきま~す☆
2009年2月16日 (月)
『幸せのスイッチ』
今日は、2006年に公開された映画『幸せのスイッチ』、和歌山県のイナデンという電器やさんの家族のお話です。
なんのことはない、大きな野望だとか、でっかい夢みたいなことだとか、がむしゃらな挑戦だとか、こむずかしく込み入った出来事ではなく、みかん農家の点在する、すこしだけ都会の時間と速度のちがう日常が描かれているドラマです。
景色もバツグンにいいのです。行ってみたくなるほど美しい道・・・。
おじいさんもおばあさんも、おかあさんもちっちゃな子どもも、みんなで楽しめて、おとうさんがいちばん嬉しくなるようなお話じゃないかしら。家族で楽しめる大人の映画がいいね。
この家族はとても地味なことだけれど、ほんのちょっとひとの手を借りたいときに来てくれる、ありがたい仕事をしてるのです。
ありがとうの笑顔も、ほっとした様子も、あ~明るいあしたが見えるようだわという感謝の気持ちも、直接その場で受け取れる仕事と言うのは、とても贅沢な・・・?
ん~ん? なんていうんだろうか?
働くこととは、ただお金を頂けることだけじゃなく、それ以外の報酬をたくさん頂いていることなんだとあらためて感じる映画です。
お話にでてくる電器やさんの看板娘の3人も、性格が良いからこそ、美人に艶も増すというものであって、つくづく顔の造作をいうものではないと感心するところです。そうねえ、いくらデザインがよくても使い勝手の良くない家電と一緒だね。
そうそう、この映画は、女性の監督・脚本だからかしら、男性の描き方がとても優しいような気がします。そ~なのです、みんな女性にもてそうな素敵な人物設定のように思いました。
どうにもこうにも不器用にしか生きられないひとというのも、当然いるわけですが・・・。
だから世の中は面白いのだと思えるようになれば、人生は自分の歩みたい方向へちゃんといけるような・・・そんな気がしました。
タイトルは、エンディングに流れていた主題歌でした。
おしまい。
2009年2月15日 (日)
美容室☆
めずらしく鏡のまえに用意されていた雑誌が『装苑』。
まずは目に見えるものから刺激を・・・なんてね、普段開かない雑誌は新鮮で、若い人向けの内容だけではないことにすぐ気がつきました。
その中で、雑誌『暮らしの手帳』に新しくむかえられた編集長の松浦弥太郎さんの言葉がとても印象的で、なんども読み返してきました。
『編集に関わる仕事は、自分の好奇心とコミュニケーションをとることが・・・』
一瞬はてなマークでいっぱいになった頭の中は、そのことがつっかかって先に進めなくなるほどでした。
でも・・・これって、いろんなことの編集、きょう一日の、一週間の、この一年のって考えると、その日を作っていくことになるわけで・・・あらっ!なんだか面白い!と思えるのです。
あっ、これが自分の生活をデザインする・・・まあ、カッコイイ言い方をするとそうなるんだけれど、時間に流されちゃうような生き方にならないようにしよう~! ・・・そう思えたことが昨日の収穫でした。
おしまい。
2009年2月14日 (土)
ユーモラス☆
今夜放送された、NHK特集ドラマ「お買い物」・・・誰かご覧になったかたいるかなあ~?いるかなあ~?
いいドラマだったなあ~とか、ちょっぴり悲しいけれど、心があたたかいねとか、飾らない心で気取ってなくていいねえとか・・・いっぱい思ったのだけれど、いちばん良かったのは、思わずお腹の底から大笑いをしてしまうシーンが、とっても人間くさくて味があって・・・まさしく美味しいのです。(久しぶりの大笑い!あたしって、こんなに大声で笑うんだあ~!とおどろくほどに^^)
おばあさん役の渡辺美佐子、おじいさん役の久米明、孫娘役の市川実日子の三人のからみがたまらなくユーモラスなのです。(つっけんどんでも、言葉がたりなくても、言葉が多すぎても、とにかく眼差しがやさしいのですね)
年老いた世代が日常生活のなかに、オリジナルのちいさな目的をもって生活し始めると、こんなにもイキイキしてくるんだなあ~なんて感心している場合じゃなくて、それは自分にもいえる事だなあと思うと、なんだか生きるパワーが溢れてくるようなドラマでした。
人間ってさ、カッコつけてないとき、こどもみたいけどコドモみたいなわがままをつい言っちゃうとき、お愛想ふりまかなくてつっけんどんなんだけど、ちゃんとあたたかい目でひとをみているとき、愛さずにはいられなくなっちゃうほどカワイイものなんだなあ~なんて思います。
あんなこと言ったら笑われちゃうかなとか、こんな風じゃ嫌われちゃうかも?だとか、そんなことじゃ、困らせちゃうかしら?・・・なあ~んてことで頭を痛めているうちはダメだね。
素直な気持ちをポ~ンと相手にパスをする。どうか胸のまえで両手でキャッチして!
なあ~んて願いをこめてコミュニケーションしたいと、願わずにはいられなくなるようなドラマでした。
おしまい。
2009年2月13日 (金)
童話を訪ねて
童話をおひざもとに、幼少期も、そしていまも過ごした思い出のないわたしは、なんだか
急に童話を読んでみたくてたまらなくなりました。そこで、小川未明作『月夜と眼鏡』をさがしていたら、『 「タ」 「タ」 「タ」 』という創作童話に出会ったのです。ついいましがたのことです。
「やさしい」というのは、やわらかいこころと、さびしさを感じてあげられるこころと、幸せを運んでいくような、しりとり遊びのように繋がっているお話で、あたしは途中から涙で顔がぐしゃぐしゃになってしまいました。
「かわいい」というのは、かざりのないこころで、わが娘をわが身のように愛しむ、いつもそばにいてほしいこころです。
・・・と、そんなことをふつふつと思いはじめるお話でした。
偶然の出会いだったのですが、不思議な縁というのが世の中にはあって、いままでそのことに気づかなかった、ただそれだけのことなのかもしれないなあ~と思います。
素敵なおはなしの花が、身近にたくさん咲きますように。 たくさん咲きますように。
気持ちがあたたかくなって、こころに春を感じた朝の時間でした。
おしまい。
2009年2月12日 (木)
げんきょく!
埴生の宿も わが宿
玉の装い 羨まじ
のどかなりや 春の空
花はあるじ 鳥は友
おお わが宿よ
楽しとも たのもしや
書読む窓も わが窓
瑠璃の床も 羨まじ
清らなりや 秋の夜半
月はあるじ 虫は友
おお わが窓よ
楽しとも たのもしや
この歌との出会いは、映画「ビルマの竪琴」。
劇中で歌われていた「埴生の宿」のメロディーに心洗われる思いで観ていたことを思い出します。
外国曲の原詩を忠実に訳されたというこの歌詞・・・書かれた言葉の美しさに、なんども口ずさんではあたたかい想いが心を満たします。
今朝は、創刊特別定価で購入した「日本のうた こころの歌」というCDつきマガジンからのお話です。
ダ・カーポの歌う「故郷の空」が聞きたいなあ~と思って買ったのだけれど、ボニージャックスの歌う「埴生の宿」にとても癒されました。誌面に「甘美な叙情」と形容された谷内六郎さんの絵に飾られているのがまたいいのでした。
おしまい。
2009年2月11日 (水)
続・バスに揺られて・・・
ここは、江戸東京たてもの園の中です。
この日のわたしも、いつものようにひとり無言のまま、すこし建物見学をしてから目的の展示室にむかうつもりでした。ところが、ボランティアのガイドツアーがあるのでいかがですかと、熱心なお誘いを受けて、ご一緒させていただくことにしたのです。
それが今回とても楽しい時間で、わたしはさほどお喋りせずにカメラを手に、ひとりひょこひょこしながらみなさんについていたのですが・・・とてもリラックスした気分でいられたこともよかったし、気がつくとね、『ねえ~、これ見てみて!』・・・『もうすこし後ろにさがって映したほうがいいよ~』とかね、お声をかけてくださるのですね。いっしょに楽しい時間を過ごすことができたことが、ありがたい一日でした。
電車を乗り継いで、はじめて訪れたという、ちょっと嬉しくて興奮気味の女性をみていて、『ほんとうに嬉しそうね!』(自分はあくまでも冷静な感じでね)なんて声をかけていたわたしも、ほんとうはとっても嬉しかったのでした。
おしまい。
・・・カケラ
集められたカケラたちにはもちろんですが、膨大な数のカケラをながい間収集してきた経緯とコレクターの一木さんにも、とても興味が湧いてきました。
はじまりは、家のちかくのお菓子工場の煙突がひき倒され、そのとき拾ったちいさなレンガのカケラだったとありました。
そこには、どんな建物でも時がたてば取り壊され、名建築といわれるものでも、建築廃棄物になってしまうと。
ひとめに触れられないように覆い隠され、いつのまにか何もなかったように、まっさらな地面になってしまう・・・。
いままでなんども、そういった囲いの脇を通り過ぎてきたはずだけれど、いちども消えていく建物のカケラに思いをむけたことがありませんでした。
それが、新聞記事でこの展覧会の紹介文を読んだとき、出向いたことのない建物になんともいえない愛おしさを感じたのです。
解体現場で一片のカケラをいただくには、それなりの手順というものがあって、無事に採集、運搬、我が家に持ち帰ることが出来た時、そのカケラは注がれた愛情によって息を吹き返し、コレクターの手のぬくもりがこちら側にも伝わってくるような、ドラマチックさを憶えます。
こんな風にきちんと整理され、印刷された本が無料で配布されていたことにも驚きでした。
わたしは展示室に入る前に、偶然にもこの本をひろげて・・・ほんとうに興奮してわくわくしているひとに出会ったのです。「あらっ?買われたのですね・・・」と言って、冷静な口ぶりでいたわたしは!!! 言うまでもありません! 驚いてとんでもない声をあげてしまいました^^
時のながれを感じるのです。わたしはタイルのモザイクが好きだわ。モダンなステンドグラスのデザインが素敵ね。自分の家にはもってかえれないけれど、外壁の彫刻やレリーフの美しさを忘れたくないわね・・・あっ!あたしと同じくらい生きてるカケラね・・・などなど。誰かに話したくてたまらなくなるもので、余分にいただいておすそ分け談議を愉しみました。
美しいものは一片のカケラになっても、美しく魅力があるのでした。
2009年2月10日 (火)
かずのはなし?
数学のお勉強は、はじまりからつまづきっぱなしでしたが、数字に関してはなんとなく興味をもつこともあります。
今朝は、だいぶ前に観た映画「博士の愛した数式」のなかで聞いた、「友愛数」のお話。
友愛数とは、異なる2つの自然数の組で、自分自身を除いた約数の和が、互いに他方と等しくなるような数をいう。親和数とも呼ばれる。(wikipediaより引用)
いまわかっている友愛数の組は、すべて偶数同士または奇数同士の組で、一番小さい友愛数は、(220、282)・・・
ざっとこのあたりまでは、映画の中にでてきたので知っていたのですが、「婚約数」というものあったんですね。
婚約数とは、異なる2つの自然数の組で、1と自分自身を除いた約数の和が、互いに他方と等しくなるような数をいう。こちらもwikipediaで調べたのですが、婚約数の組は、すべて偶数と奇数の組み合わせ。(48,75)(140,195)・・・という風にね。
なぜ朝からこの話に流れたかというと、真夜中に目覚めたわたしは、目を閉じたまま突然あたまのなかに、208・・・210・・・216・・・???数字が出てきたのです。
これが夢かどうかわからないうちにまた眠ってしまったのですが・・・
208つ? 108つは、除夜の鐘?
210日は風の又三郎にでてくる風?嵐の日?
ぽかっと頭のなかに浮かぶことって、不思議なことです。なんとなく予感がすることとかね。自分自身でもよくわからないことが、自分の中には潜んでいるみたいです。
なんとなく数字のおはなしでした。
ではまた、明日も 4 6 4 9 ~~~!ヨロシク!
2009年2月 9日 (月)
2009年2月 8日 (日)
ジュリ ジュリ♪
タイトルの「ジュリ ジュリ」は、冬になって北国や山から里におりてくる、エナガという小鳥の鳴き声だそうです。すずめでもなく、オナガでもなく、ヒヨドリでもなくて、とっても小さな野鳥は見たことがあるけれど、頭と胴体が6センチ、尾が8センチのこの寸法の日本一かわいい小鳥は見たことがありません。
チチチチッ チュチュチュチュん クウェークウェー かぁ~かぁ~ ぽぅ~ぽぅ~ポッポッポ♪
エナガのいっぷうかわった ジュリ ジュリとは、なんとも夢があって微笑ましいです。
あっ、ここでわたしがとても気になったのが「ある学者によれば、体重8グラム」というところです。
はがき一枚が3グラム。そうかあ~、はがき3枚に満たないのね~、そう思うと、なんだか「ことりのゆうびんやさん」?広げた羽が葉書き?声のお便りを銜えているの?
なんでも、ジュリコという方言が各地に残っていて、森の妖精だとか・・・さっと来て、さっと消える!これが妖精!!!
生物エッセイスト菅野徹さんの「まちかど四季散歩」を読んでいると、自然の中を楽しんで散歩しているのが目に浮かぶようです。目に映るもの、耳を奪うもの、足を止めるもの、そのつど感じたことが自然に文章になって頭の中を流れていくのだろうなぁ~などと、ひとりでもひとりじゃない時間を謳歌しているんだろうなぁ~と思います。くらしの中に生きているお話は、心の栄養と安らぎを与えてくれます。大好きなコラムからのお話でした。
おしまい。
あ~さむい!
まどにぶつかる
つめたいかぜのおとよ
ぶつかるキミも いたいだろうね
あそびきぶんの
あばれんぼうのキミよ
いせいのよさは うらやましいよ
うらやましいけれど
ぼくにはちょっと きつすぎる
せめて くちぶえくらいに ふいておくれ
そうすりゃ すぐにでていくさ
だまされたふりして とびだすさ
たのしくふかれるのは ごきげんなんだ
どうだいきたかぜ きこえたかい
おやまあ きげんをそこねたようだね
つむじまがりな つむじかぜ あ~さむい
*****
こんにちは
空気がぴ~んとはりつめたような寒さや
雪の降る日はまだいいけれど
どうもかぜの強い日が苦手で
窓の外を覗いているだけで
身震いしています。
きのうは暖かだったのにね。
2009年2月 7日 (土)
2009年2月 6日 (金)
いい感じ!
カメラ本体や、写真技術のことはさっぱりわからないけれど、書店で手にしやすい文庫版の写真のお話はとても好きです。
この本は、表表紙・裏表紙共に本物のカメラをつかったもので、本ページの中には、著者制作のオブジェがたくさんあって、それも楽しみなのです。
写真は「どこでもドア」だという。
特に自分が撮った写真を見ると、撮った過去の、あの時、あの場所に一瞬で行ける。写真の中から見れば、こちらは未来であるとか、写真のおもしろさは、写されたひとのまなざしや、そこに写っていない撮影者のまなざしを感じることである・・・。
興味をそそられる文章がいっぱいです。
書店で本を選ぶ時も、あっ、こういう写真好きだなとか、何かを感じるときの心地よさがとてもいいです。
あ~、こんな風に写真を撮りに出かけてみたくなる一冊です。
2009年2月 5日 (木)
タイトルとカバー装画にひかれて
『花の音楽』というタイトルがついた、この明るい装丁の本は、「深いロマンティズムを愛する老女たち」がたくさん登場する、著者の夢見る老いの世界が描かれています。
あとがきには「ふける」ことと「おいる」ことは、微妙な違いがあって、「ふける」ことは実感できても、「おいる」ことはまだ見えない。『老いる』ことはそれまでの人生の経験を熟成させることで、なにかを新しく得ていくことのように思えた。とありました。
そこでわたしも、千鶴さんの憧れる老女の世界を覗いてみたくなりました。
この本で紹介されているジャンヌ・モローが監督した『思春期』という映画のなかで、祖母役の大女優のシモーヌ・シニョレ・・・モノクロ時代の映画のなかでも、いままで全くご縁がなかったので、お二人の銀幕時代は見たことがありませんが、興味がそそられます。
そこで、シニョレ演じる祖母カトリーヌが孫娘(年齢は初潮をむかえる年頃ね)に聞かせるの・・・
”これはお月さんの涙よ
月はいつも
地球を思っているのよ”
・・・とね、こんな歌をうたいながら、まさしく魔女のようなことをするシーンがあるのです。傷ついた孫娘の心を癒やす魔女の知恵だと言って、森の中の夜露を集め、ガラスの小瓶に入れるのです。
この映画を観た事のないわたしにも、シニョレが孫娘に向けるまなざしや、少女の驚き、森の中の湿った空気が肌にまとわりつくように感じられます。実在する出来事には何ひとつ触れずに、沈黙のなかに言葉でふれない癒やしを表現してるのですね。
本を読んでいるといろんな言葉に出会えるのが嬉しいです。ぽわぁ~んとした不思議さを感じたり、呪文のようにその言葉を繰りかえしていると、魔法にかけられたみたいな気分になったり、ただ目をパチリ、パチリ、瞬きしながら新しい発見が見えてきたりします。
ひとつ憧れる老女のしぐさというか・・・イメージするものをあげるとすると、温かくて豊かな沈黙をもてるひと・・・本のなかに『言葉の源のような沈黙』と書かれていて、それがとても印象に残りました。
そこにいて、黙っていても空気が温かいの。ふわあ~んとしてて、すこしお花の香りなんかしててね、なにか喋らなくちゃなんて思わなくていいの。
ここにわたしがいて、そこにあなたがいて、こうしている時間が温かいようなひとになれるといいわね。これはあくまでも憧れる老女ですからね、お喋りなわたしにはもうすこし先のことだと考えています。
そうねえ~、魔女のような老女になりたいって、心のはしっこにわたしもあったんだと思います。装丁に惹かれただけではなかったと思います。
おしまい。
2009年2月 4日 (水)
映画「生きる」に見たものは?
今朝は、昨夜テレビ放映のあった黒澤明監督の『生きる』のことです。たぶんはじめてじっくり観た初期の作品です。
わたしが昭和27年の白黒映画のなかに見たものは?
ぐちゃぐちゃにぬかるんだ道。庶民の足音が響く町。うねるように人の波のダンスホール。日本家屋のなかにある洋風な暮らしぶり。アルミのお弁当箱。重い外套と帽子。無邪気なこどもたちの声。タイルが張り巡らされてひんやりした病院。しゃきしゃきした言葉遣い。よどんだ空の色。ほこりと粋がった空気。。。親の情。などなど。
名セリフもいっぱいでした。
不幸は人間に真理をおしえる
過去の自分に反逆している・・・
ひとを憎んでいるひまはない、もう時間がない・・・
不思議な粘り、熱意が通じないのならこの世は闇だ!
いや、そんなものはセンチメンタルにすぎない!
・・・・・
わたしがとくに気にいったのは、小田切みきさん演じる女性職員が役所を離れて町工場で働き出してから言ったことで
「あたしいま、こんなお人形作ってるのよ!これ作ってるとね、日本中の赤ん坊と仲良くなれた気がして、うんと楽しいわよ!」
そう言ってぜんまい仕掛けのうさぎを遊ばすところです。
生きるために働いているんだけれど、苦労じゃないのね。楽しいと言ってるのね。きっと作っている間もこどもの心と遊べるひとなんじゃないかと思ったし、昭和27年のこの時代に生きていた女性が、いまだってちっとも変わらずにいるんだと思うととても嬉しくなるのでした。
??? そうなの、わたしはこの女性の考えるところと、よく似てるなあと思ったのです。役所で働いているときも、まわりの男性職員に特徴をつかんだゆかいなニックネームをつけて、こっそりケタケタ笑ってるようなところね、そんなところが自分ととても似ていると思ったのです。
・・・あっ、忘れちゃいけないのが、放映まえの黒澤監督の言葉でした。
『俳優は常にあたらしい役をあたえないと、刺激をあたえていかないと、水をあたえないでいる植木のようになってしまう』・・・のような言葉が流れていたんですね。
俳優だけじゃないわ!自分で自分にあたらしい役を与えたらいいよ~、素敵だよ~・・・
なんてことを夕べの寝床で、うつらうつら考えていたわたしは、なかなか眠りにつけなくなってしまったのでした。でも今朝は元気です!
おしまい。
謎が解けたかも?
『嫉妬の香り』から得たもの・・・
結局、愛を信じる力と勇気と忍耐に尽きるというのです。『信じる力』というのがとても容易いことではないというのがよくわかります。みんな動いているから、みんな明日に向かって歩いているからではないかしら。相手を信じることだけでなく、自分の愛を信じることなんだと思う。
・・・でもねえ~、からだが反応しちゃうってこともあるんだよね。動揺しちゃう?あっ、それが愛を信じる力か?忍耐か?勇気か?
幸せは苦しみの中から顔を出すものなんだよ、きっと!
まあ、自分がどんな風にひとを愛するかということなのかもしれないけれどね。
さてさて、小説の締めくくりにこんな言葉がありました。
「嫉妬は世界最強のウィルス。空気感染するのではなく、愛に感染する」
感染予防は、『愛を信じる力と勇気と忍耐』・・・。これは結構いいセリフだね。なかなか使えます! 「ねっ、いま嫉妬のウィルスに感染してるんじゃないの?」なんてね、かっかしてる友達にぼそっと言ってみたら・・・?
ますます怒っちゃうかしらね?
「処方箋」考えてからにしたほうがよさそうね。
2009年2月 3日 (火)
三つ子の豆だね、節分の日に。
そうね~
え~と、みつこさんといったら
真っ先になにを思い浮かべるかしら???
なんてことで、あたしはひとりでくるくるいろんなところに飛び石をふんで遊ぶみたいなことがけっこう好きなようで・・・
そうこうしているうちに、きょうも日が暮れていきました。
・・・で、息抜き用にと一冊借りてきていた恋愛小説に少々のめりこんでしまったのです。
タイトルが『嫉妬の香り』・・・
どうして人は嫉妬なんていうやっかいなものにふりまわされてしまうんだろうか?
ひとのことだと冷静に見られるのに、自分がその輪っかにちょっとでもひっかかると・・・動揺してしまう謎を解き明かそうか・・・まあ、動機はなんてことないのですが。
さて、話はきのうの続きにもどって・・・
『愛とは発見の連続である』←これはわたしの言葉ね
ふつうに「耐える」というと、苦しみに耐えることだと思いがちですが、耐えることとというのは、喜びを長持ちさせる、幸せを持続し続ける、幸せに耐え続ける力をつけることである。幸せを感謝しながら、喜んで幸せを味わう能力を育てていくことだという文章を読んで、いままで全く考えが及ばなかったことだと思いました。
このことは、うっすら自分のなかで芽生えていた感情の疑問が晴れた気がするのです。
とっても嬉しいことがあったり、なんてわたしはこんなにも幸せなんだろうと感じても、なんとなくそういう気持ちは日々うすれてきて、もっと、もっと、もっと幸せを望むのはどうしてなんだろうかということに、答えがでたようです。
心の持ちようではあるけれど、これもひとつの能力とすれば、もっともっと幸せ持続力を伸ばせば、未来はますます明るくなる!
夜も更けてまいりました。ではまた明日ね。
2009年2月 2日 (月)
ひと回り、ふた回り・・・
さきほどの続きでもうひとつ、とっても気になった箇所があって・・・本の中をふた回りしてさがしてきました。
著者のお知り合いの90歳になられるおばあ様のエピソードです。
御茶ノ水女子大学付属小学校の第一回生で、入学したばかりのとき、教科書を忘れた小学生の彼女が先生から「なぜあなたは教科書を忘れたのですか」と聞かれて、「なぜ忘れたかということがわかっていたら、学校なんかにはきません」と、幼心に考えたということを、生涯忘れずにいたというお話です。
このおばあ様が言うには「なぜ忘れたかというほど愚問はない。立派な小学校で、一生を貫く教訓を教わった」・・・というようなことが書かれていました。
なるほどなあ~。『なぜ』と聞いてもしょうがないことが、人生にはいっぱいあるんだから、『なぜ』って聞いちゃいけないっていうのですね~。
『どうしたらいいだろうか』と考えるべきなんですね。
案外簡単そうで、これは大人になった自分でも少々難しいときがあるように思います。
『なぜ?』って、自分を責めるときひとは落とし穴に落ちる・・・
ここからが怖いなあと思う箇所ね。
落とし穴というのは引力があります。普段はよく見えない落とし穴には、好奇心溢れる人間は、『何があるんだろう~?』とのぞきたくなるから・・・
要するに、自分を責めてはいけませんよ。自分を責めるという落とし穴に、好奇心にかられて落ちないこと。
ん~ん、胸が痛くなる言葉です。どうしてって? ? ?
さて、このお話はこれでおしまい。
『回心』という言葉
むかし流行った歌など聞いて
あ~♪ のどかないちにちだなあ~(ほんとはちょっと喉が痛い~)
おでこにあたる太陽があったかいや~
・・・なんてことをぼんやり考えていると
時代はタイムスリップしてしまって
しらずしらずのうちに
気持ちまでもが後退しませんように!
あっ!ブログの更新しよう~!
今日ご紹介するのは、これまた前向きのとても良い本。
ずらりと並んだ25項目のミラクルステップというちいさな見出しのなかで、9番目のこの言葉を紹介します。
愛というのはすぐ目の前にいる人が、人間として良いものを発揮できるように刺激を与え続けること、その人がより良くあるために、貢献することをいいます。
愛の迷子になったとき、この言葉を思い出したらどんなに勇気が湧いてくるだろうかと思うと、胸が熱くなる言葉でした。
もうひとつ、『回心』という心を回すという言葉です。
なんだかわたしは元気がでないな、下ばかり向いちゃうなって思うようなとき、そんな心をひっくり返して、希望の方向へ回してあげるというのです。
それをすこし面白がって、今ある心をどっちに回そうか?ちょこっと回転させて遊んでから決めようかしら?・・・なんてね、あらららら、そんな余裕があったら心はとうに前を向いて、両手をふって歩いているに違いないのでした。
おしまい。
2009年2月 1日 (日)
思いこみの不思議と・・・
昨日のこと・・・ぶらっと立ち寄った本屋さんで、石津ちひろさんというひとの詩集に出会いました。なんとなく、ただなあ~んとなく男性の名前のような気がしたわたしは、男のひともこういう気持ちがあるんだあ~、わたしもよくあるなあ~こんなとき・・・
詩の空気にマッチしたイラストといっしょになったその詩集をなんども棚にもどしては、いやもう一度・・・もどしては・・・あっ、やっぱり今度にしようなんて思いながら、ほかにはどんなの書いてるのかな?
そこでわたしは驚いた!!!ちいさなこども向けの絵本をたくさん書いているのですね、回文といって、あたまから読んでもおしりから読んでも同じ文。(たとえば、いしづみずみずしい)この回文にまつわる絵本は知っていたのですが、この作者も男性だとばかり思い込んでいたのです。
もう男性だとばかり思っているものだから、どんなひとなのかまったくイメージがわかないのです。
さっそく家に帰ってネットで調べる・・・はい、詩のイメージにぴったりのかたで、わたしはなんだか嬉しくなって、優しくて心の中が細やかな人というのは、なんていうのかな~?
熟成された美しさのように思いました。
おしまい。








































































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